絲山秋子『スモールトーク』
2005年8月3日 読書「じゃ、回り道してやろうぜ。どうせこの世の全てが回り道なんだ」6台のクルマをめぐる、回復と喪失の物語。車好きの楽しめる小説。さらに書下ろしエッセイ、徳大寺有恒との対談も収録。★=1.0
登場人物は、38歳の独身女性と40歳の元恋人、6台の外国車。車には全然詳しくないが、純粋に物語として惹きこまれる内容。車に詳しい人にはさらに+アルファのシンパシーが得られるのだろうか。
登場人物の二人にとって、「クルマ」とは700万円以上のものを指すらしい。……この時点で、すでにお呼びじゃないな。
車を移動手段としか見ていない私にとって(田舎=自家用車必須)、この本に出てくるような「クルマ」を買うことはないだろうなぁ。フィアット贔屓の人に「イタリア車に乗ると我慢することを覚える」っていわれても。ねぇ。
エッセイで綴られる、会社員時代の商用車カローラバンへの愛情を見るに、この作者は本当に車が好きなんだろうなと、思う。
山口雅也『チャット隠れ鬼』
2005年8月2日 読書ネット上の自警集団「サイバー・エンジェル」候補に選ばれた国語教師の祭戸浩実は、チャットルームで知り合ったJezebel-Pと名乗る主婦との会話に夢中になっていくが…。『週刊アスキー』連載に加筆して単行本化。★=1.0
チャットを題材にしたミステリ?ホラー?
登場人物が少なすぎ、全員が何らかの形で関係しているという、お隣さんとネットな稀有な状況はややリアリティが薄いように感じられる。意外性はあるものの、もうすこし登場人物がいても良かったのではないだろうか。
ネットでのチャットをモチーフにした、という、すでにいささか手垢がついた感じのテーマだが、さすがにベテラン作家。読ませる。
北村薫『ニッポン硬貨の謎』
2005年7月30日 読書1977年、ミステリ作家でもある名探偵エラリー・クイーンが出版社の招きで来日し、公式日程をこなすかたわら東京に発生していた幼児連続殺害事件に興味を持つ。以上、引用は東京創元社のサイトより。
同じ頃、大学のミステリ研究会に所属する小町奈々子は、アルバイト先の書店で、50円玉20枚を「千円札に両替してくれ」と頼む男に遭遇していた。
奈々子はファンの集い〈エラリー・クイーン氏を囲む会〉に出席し、『シャム双子の謎』論を披露するなど大活躍。クイーン氏の知遇を得て、都内観光のガイドをすることに。上野動物園で幼児誘拐の現場に行き合わせたことをきっかけに、名探偵エラリーは2つの難事件の核心に迫り、ついに対決の場へ……!
http://www.tsogen.co.jp/wadai/0505_04.html
★★=1.5
副題は「エラリー・クイーン最後の事件」。北村薫がミステリ作家エラリー・クイーンの未発表作品を翻訳したという体裁の、パスティーシュ小説。問題になる事件は、小説家若竹七海が実際に遭遇した「謎」に対する北村薫なりの解答にもなっている。(この「謎」は著名な作家が各々解答を述べたばかりでなく、一般公募までなされた。その結果は『競作 五十円玉二十枚の謎』としてまとめられている。)
クイーンの文体を真似つつ「らしい」書き方をしている点など、現代のミステリに慣れた身には、いささか物足りないかもしれないが、エラリー・クイーンが好きな人には嬉しい一冊だろう。エラリーの著作を論じる部分など、著者がいかにエラリーの作品を好んだかが良くでている。
ミステリ・ファンにはたまらない一冊だが、エラリー・クイーンを読んでない人には、「ふーん」で終わってしまいそう。その点ではマニア向けというべきか。
誰かが私の「過去」を覗いている!いや違う、「過去」が私を覗いているのか。ホラー小説の旗手が「本当にあった怖い話」を取材して描いた超恐怖小説!★=0.5
ホラー短編集。
「本当にあった怖い話」をアレンジしているようだが、オリジナル?の内容に引きずられたのか、小説としての完成度はやや低め。小説ならではの怖さという印象は薄いように思えた。むしろ、あとがきめいた独白の文章の方が怖いくらい。
伊坂幸太郎『死神の精度』
2005年7月27日 読書「俺が仕事をするといつも降るんだ」クールでちょっとズレてる死神が出会った6つの物語。音楽を愛する死神の前で繰り広げられる人間模様。第57回日本推理作家協会賞短編部門受賞。★★=2.0
人間の生死を決定するために死神がやってくるという、聞き慣れた設定の物語。
ところが、この死神がなかなかにオモシロイ。
飄々とした印象が強く、台詞回しも意図せずにどこかペシミスティックな感じ。クールに淡々と仕事をこなす彼に、あまりに冷たいんじゃないのかい?と言いたくなる場面もあるが、1冊読み終えるとどこか清々しい、爽快感がある。どの物語も格好良いのである。主人公である死神が格好良いのではなく、設定、舞台、台詞、その他の登場人物など全て含めて、物語が格好良いのである。満足度の高い1冊。
吹雪で山荘に閉じ込められた人々。その中には死神もいるし、死ぬことが決定している人もいる。……パロディかな、これは。ミステリの新しいカタチかもしれない。(もちろん、そんなワケない。)
吉村達也『姉妹−Two Sisters』
2005年7月23日 読書母が亡くなり、父親と、母親代わりのウンジュと暮らしているスミとスヨンの姉妹。仲の良いふたりが暮らす家の中で、奇妙な現象が起きはじめ…。美しく哀しい悲劇が家族を襲う。韓国ホラー映画『箪笥』の小説版。★=0.5
吉村達也による、韓国映画『箪笥』のノベライズ。
映画ではわかりにくかった点を再構築し、解説も加えている。しかし、小説としての出来はいまひとつ。ノベライズというより、映画脚本のような感じで小説としての面白みは薄い。この作者なら、もっと巧く書けると思うのだが…映画関係者とのしがらみの結果だろうか。
映画を見てから小説を読むと、わからなかった点は全て説明してもらえるが、その結果として、ストーリーの不出来さが目立つ結果になる。
小説を読んでから映画を見ると、映像化の味を楽しむことが出来るが、ストーリーは既知のため、目新しい面白さは無い。
どちらにしても小説を読まず、映画版の「詳細はよくわからないけど、少し怖くて切ない映画だったなぁ」という感想で留めておいた方が吉か。
もうあなたは、あたしを絶対に裏切れない。夜の夢に託された9つの恐怖…★=0.5
女性に圧倒的支持を受ける著者が描く、哀しみの恋愛ホラー。
幸せを保証してくれる、その、たった一つの願い。
恋をしている女なら、ひとつしか思いつかないはず。
自分が好きなひとが、他の誰よりも自分のことを好きになってくれて、そしてそれが、永遠に続くこと。だからあたしも、願った。
あたしの好きなひと、愛しているひとが、他の誰よりも、何よりもあたしを愛してくれるように。「願い」より
タイトルは「よるゆめ」。「異形コレクション」ほかに発表されたホラー短編9作を収録。
どの作品も、発表時のテーマやルールがあって、バリエーションに富んではいるが、そのために統一感が薄い。しかし作品の間に、正体不明の人物達がそれぞれに怖い話を語る、というブリッジを挟むことで、巧く一冊の作品集としてまとめている。
与えられたテーマやルールについてはあとがきで言及されているので、それを見た上で、筆者が与えられた素材をどのように料理したのか?を眺めるのも一興では無いだろうか。
平安寿子『くうねるところすむところ』
2005年7月9日 読書職場の上司との不倫に疲れ、仕事もうまくいかず、30歳にして人生どん詰まりの梨央。一目惚れしたとび職を追いかけて飛び込んだ工務店では、亭主に逃げられた女社長がぶち切れ寸前。思いがけない事情から家を建てる仕事についた30と45の女達は何が何だかの大混乱――★★=2.0
ややステレオタイプなストーリー展開だが、読みやすく楽しめる一冊。
物語の展開は早く、やや書き足りない部分も感じられるが、NHKでドラマ化されそうなほど、前向きな話である。文章も読みやすく、感情移入しやすい。章と章の間がポンと飛んでいるような印象を受けたので、もう少し分量があっても良かったとは思うが。
物語はハッピーエンドで終わらず、まだまだこれから。現在の状況も結構大変なのに、まだまだ難問が出てきそう。それでも全然大丈夫、すっきり笑顔で青空を眺められるような、爽快感にあふれた読後感。
★★★=3.0
福岡旅行に『空飛ぶ馬』を持っていった勢いをかって、再読。このまま、シリーズ全巻再読となりそう。個人的には「夜の蝉」が本シリーズ第1位の作品である。主人公「私」の思いが静かに、そして鮮やかに描かれ、たどり着いたラストの一言。シリーズ白眉の一作だと思うが、いかがだろうか。
常々言っていることだが、北村薫はこのシリーズが一番の良作だと思う。ミステリの面白さに加えて、キャラクターが生き生きとしていて
存在感がある。そしてなによりも、人のやさしさをしっとりと描き出しているかのような雰囲気が良い。時に悪意あふれる人物を描き出しても、この世界は人という儚い存在の「やさしさ」に満ちているのである。
余談。『日本推理作家協会賞受賞作全集』版が双葉文庫からでているが、表紙が違うだけでかなり雰囲気が違う。個人的には、創元推理文庫版の成長が見える?イラストが好き。
福岡旅行に『空飛ぶ馬』を持っていった勢いをかって、再読。このまま、シリーズ全巻再読となりそう。個人的には「夜の蝉」が本シリーズ第1位の作品である。主人公「私」の思いが静かに、そして鮮やかに描かれ、たどり着いたラストの一言。シリーズ白眉の一作だと思うが、いかがだろうか。
常々言っていることだが、北村薫はこのシリーズが一番の良作だと思う。ミステリの面白さに加えて、キャラクターが生き生きとしていて
存在感がある。そしてなによりも、人のやさしさをしっとりと描き出しているかのような雰囲気が良い。時に悪意あふれる人物を描き出しても、この世界は人という儚い存在の「やさしさ」に満ちているのである。
余談。『日本推理作家協会賞受賞作全集』版が双葉文庫からでているが、表紙が違うだけでかなり雰囲気が違う。個人的には、創元推理文庫版の成長が見える?イラストが好き。
『空飛ぶ馬』につづいて女子大生の〈私〉と噺家の春桜亭円紫師匠が活躍する。鮮やかに紡ぎ出された人間模様に綾なす巧妙な伏線と、主人公の魅力あふれる語りが読後の爽快感を誘う。第四十四回日本推理作家協会賞を受賞し、覆面作家だった著者が素顔を公開する契機となった第二作品集。
再会した19歳の息子は、ひきこもりだった。働く意欲もなく鬱屈を抱える姿に苛立つ父。二人の心が通いあう日は、果たして来るのか――。清々しい余韻の傑作長編。★★=2.0
妻子に負い目がある父の苦悩と、ひきこもりの息子が再び歩き出す姿を感動的に描いている。父の視点から見ているので、息子の感覚は理解できない。まさに何を考えているのかわからない状況。それだけに、父の苦悩はクローズアップされている。
話が出来すぎの感もあるが、物語の描く感動を自然体で感じることができるのは、丁寧な描写によるところも大きいのではないだろうか。前半のさり気ない描写があとあと活きてくるなど、丁寧に作られた感のある一冊。
牧場主の台詞に「牛飼ってる牧場には、ほんと不思議な力、魔法みたいなもんがあるんだよ」というのがあるが、まさにそのとおり。そのうえであえて書きたい。「牧場に限らず魔法はどこにでもある。一歩踏み出しさえすれば、すぐそこに」と。
恩田陸『蒲公英草紙−常野物語』
2005年6月28日 読書舞台は20世紀初頭の東北の農村。旧家のお嬢様の話し相手を務める少女・峰子の視点から語られる、不思議な一族の運命。時を超えて人々はめぐり合い、約束は果たされる。切なさと懐かしさが交錯する感動長編。★★=2.0
『光の帝国』と同じ「常野物語」シリーズの続刊。蒲公英=たんぽぽ。
20世紀初頭ということなので、明治30年代後半の舞台設定だろうか。
人間は、弱く愚かな存在であるが故に強さと誇りを求める。
「立派に」生きることが美徳とされた時代の、心温まる物語であるが、ラストは恩田陸らしく、単なるハッピーエンドで終わらせない。
常野の人々の純朴さ優しさと相まって、読後には言い知れぬ不安が余韻として残った。
西澤保彦『謎亭論処−匠千暁の事件簿』
2005年6月22日 読書女子高教師の辺見祐輔は、忘れ物を取りに戻った夜の職員室で、怪しい人影に遭遇した。その直後、採点したばかりの答案用紙と愛車が消失。だが二つとも翌朝までには戻された…。誰が?なぜこんなことを?やがて辺見の親友タックこと、匠千暁が看破した意外な真相とは?続発する奇妙な事件の数々。めくるめく本格推理の快感。そして呑むほどに酔うほどに冴える酩酊探偵タック!日本ミステリ史上屈指の作中酒量を誇る、著者人気シリーズ、待望の最新傑作、書下ろしオマケ作品付き。★★=1.5
島村洋子『ザ・ピルグリム』
2005年6月16日 読書安槻大に通う千暁ら仲間七人は白井教授宅に招かれ、そこで初めて教授が最近、長年連れ添った妻と離婚し、再婚したことを知る。新妻はまだ三十代で若々しく妖しい魅力をたたえていた。彼女を見て千暁は青ざめた。「あの人は、ぼくの実の母なんだ。ぼくには彼女に殺された双子の兄がいた」衝撃の告白で幕を開ける、容赦なき愛と欲望の犯罪劇。★★=1.5
あさのあつこ『透明な旅路と』
2005年6月12日 読書雨の月夜、街婦の白い頸を締めて車で逃亡中の吉行明敬は、街路灯一本ない道で、一組の少年、幼女に遭遇する…。★=1.0
少年は時間を経てきた痕跡の存在しない顔で、美しい、よく通る声をしていた。なぜか、どこかで会ったことがあるような気がする。
名前は白兎(ハクト)というらしい。少女は笹山和子。髪型も名前もやけに古臭い。彼女の名前にも聞き覚えがあるような。ともかく、明敬は車を発車させたのだった…
沼田まほかる『九月が永遠に続けば』
2005年6月2日 読書息子の失踪直後に愛人が死んだ。離婚した夫とその娘も事件に巻き込まれる。息子はどこへ?犯人は息子なのか?第5回ホラーサスペンス大賞受賞作。★★=1.5
物語に疾走感がある作品。息子の疾走を皮切りに、坂を転がり落ちるような展開。その暗さはむしろ墜落感というべきか。
物語は暗く、読み進めるにつれて陰鬱な気分になってしまう。息子の失踪の理由や物語の収斂は少々無理やりな感がある。物語にのめりこんできたのが、おや?という気分にさせられた。それ以外では吸心力のある文章で読者を引っ張っていただけに、相対的に淡白さが目立ってしまったのだろうか。
デビュー作だからこその勢いなのか、次回作が気になる作家である。
平穏な生活が突然、巻き込まれ型小説の白眉。巨大ワニの化石が発見されて一躍全国区となった南海市。突然注目を浴びた地方都市の市民相談室主査・倉永晴之のイライラは募るばかり。しかも上司は汚職で逮捕されるわ、妻は交通事故を起こすわ、彼の小さな肩に降りかかるトラブルはとどまるところを知らない。そんな折、市長から酒席で絡まれ、晴之は予想もしなかった暴行騒動の当事者となってしまう。平凡な市民生活を送る主人公が突然トラブルの渦中に巻き込まれ、闘いに目覚める。★★=1.5
主人公は市役所の職員なのだが、彼を取り巻く公務員環境のダメッぷりには目を見張るところがある。さながらマンガのようだが、現在の状況はこんなものなのかと……。小役人的な登場人物たちを見るにつれ、公務員に対する風刺が多分に含まれている、と信じたい。
気の短い主人公の破裂・暴走ぶりに、ツッコミをいれつつ、ドキドキしながら読み進めてしまう。物語の全貌が見え始めた後半では、結構おおごとになっているが、逆境に耐えて成功するエンディングは中々に爽快感がある。